ヨーク研究所
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科学

三体問題を哲学する

今回は、三体問題(相互作用する3つの物体についての問題)について考えてみたいと思います。

三体問題とは何か

3つの物体、例えば、太陽、地球、月の間には重力が働いています。

つまり、太陽、地球、月は互いに引っ張り合っています。

ただ、太陽、地球、月はそれぞれ形成時に得た運動エネルギー(重力とは異なる方向に運動しようとするエネルギー)を持っているので、互いに衝突することはありません。

このような互いに力を及ぼし合っている3つの物体の運動は、ニュートンの運動方程式に従って運動することが知られています。

しかしながら、矛盾するようですが、このような3つの相互作用する物体の運動は、ニュートンの運動方程式を解くことによって、厳密には予測することができないことが知られています。

この問題は、三体問題と呼ばれています。

一方で、相互作用する2つの物体の運動は、ニュートンの運動方程式を解くことによって、厳密に把握できます。

つまり、互いに力を及ぼし合っていても、2つの物体の運動なら、人間は正解にその運動を数学的に予測することができるのです。

難しい言い方をすると、三体問題の微分方程式は解析学的に解けないのですが、二体問題の微分方程式は解析学的に解けるのです。

では、私たちは、三体問題のために、地球が太陽の周りをどのように回っているのか把握できていないのでしょうか。

太陽、地球、月の例で言うと、月は太陽や地球に比べて質量がはるかに小さいので、月からの重力による相互作用は、近似的に無視できます。

つまり、この例の場合は、近似的に、三体問題は二体問題になってしまいます。

よって、地球が太陽の周りをどのように運動しているのかは近似的に予測できます。

三体問題は解けない

三体問題は解析的には解けないのですが、つまり、二体問題のように一般的な解を解析学的な方法で導出することができないのですが、三体問題の微分方程式(ニュートンの運動方程式)を満たす特殊解はいくつも発見されているようです。

また、解析学的な方法ではなく、数値計算的な方法では、三体問題のニュートンの運動方程式から、3つの物体の運動を、条件や制限付きでなら、正確に予想することができるようです。

量子力学の分野でも、三体問題が出て来ます。例えば、ヘリウム原子(He)です。

He原子は、原子核1つと2つの電子から成っています。

その原子核と2つの電子は、互いに電気的に相互作用しています。つまり、次の3つの相互作用があります。

  • 核 ↔ 電子1
  • 核 ↔ 電子2
  • 電子1 ↔ 電子2

よって、この系は三体問題であり、シュレディンガー方程式を解析的に解くことによって、He原子中の電子の状態(運動)を知ることはできません。

しかしながら、解析的には解けないのですが、解析的に解ける水素原子(核1つ電子1つの二体問題)の解を上手く利用して、He原子の電子の状態(運動)を近似的に計算することができます。

近似的とは言えども、最新の研究では、かなりの高精度でHe原子の電子状態を計算できます。実際に、「計算されたHeの全電子エネルギー」と「実験から得られた全電子エネルギー」は十分に一致しています。

三体問題から多体問題へ

数値計算的な方法や近似法を使えば、三体問題は実用上解決することができるのですが、三体よりももっと多くのN体問題(又は多体問題)では、解析的に解くことができないことに加えて、さならなる問題が出て来ます。

つまり、N体問題を数値計算的な方法や近似法で解決しようとしても、計算精度と計算時間の問題が出来て来ます。

つまり、Nの値が小さい内は(N=3,4,…)、高精度な計算ができても、Nが大きくなると、計算時間がかかり過ぎるようになって来ます。

例えば、コンピュータを使っても計算するのに100年や1000年かかることもあります。

なお、銀河の中の星の計算やウィルスのような物質の計算では、Nが10億くらいの値になることもあるそうです。

よって、計算物理の各分野では、計算精度を保ちつつも、そこそこの計算時間でN体問題を解く計算法の開発が続けられています。

超並列計算機や量子コンピュータは、N体問題の計算時間を劇的に減らす手段として期待されています。

実際に、計算物理の分野によっては、超並列計算機の出現によって、計算できる範囲(Nの値)が広がった分野もあります。

一方で、分野によっては、超並列計算に向かない計算をしている分野もあります。つまり、超並列計算機を用いても計算が速くならない「複雑な計算」をしている分野もあります。

量子コンピュータは「超並列計算に向かない複雑な計算」でもある種の計算では劇的に計算時間を減らす手段として期待されていますが、実用化にはまだ困難があるようです。

多体問題と未解決な科学の難問

多体問題の本質は、「多くの物体(粒子)が互いに相互作用している系やシステム」の未来や過去または現在を人間は有効時間内で正確に予測できないという事だと思います。

この多体問題の本質は、科学における未解決な難問と関係していことが多いと思います。

カオス理論

例えば、多体問題はカオス理論とも関係しており、カオス理論によれば、初期値や数値的な計算過程における「ほんのわずかな差や誤差」が、最終的に「大きな差」を生むことがあります。

つまり、ニュートン方程式のような決定論的な微分方程式でも、3つ以上の物体の相互作用が含まれていれば、ある時点から規則性のない予測不可能な運動を生み出してしまうことがあります。

例えば、天気予報が、明日の予報は比較的良く当たっても、一週間後の予報は当たらないことがあるのも、カオス理論により説明されるようです。

つまり、初期値や数値的な計算過程における「わずかな差や誤差」の積み重ねが、長期的な予報を狂わせます。

なお、天気予報に使われている微分方程式は、ナビエ・ストークス方程式という流体力学の基礎方程式で、物体の相互作用を扱う方程式ではないですが、ナビエ・ストークス方程式も未だ一般解は得られていません。つまり、数値計算的な方法で解かれています。

創発(そうはつ)

また、「原始生命の誕生プロセスを解明する研究」や「脳の機能を解明する研究」では、「創発」というキーワードが出て来ます。

創発とは、要素間の相互作用のために、要素の性質の単純な総和にとどまらない全く新たな性質が現れることですが、これも結局のところ、上記の多体問題の本質が関係していることだと思います。

つまり、原子や分子がどのように相互作用してつまり創発して原始生命が誕生したのか、又は、脳内の神経細胞であるニューロンがどのように相互作用してつまり創発して意識が誕生したのかは、多体問題の本質に関わる難問であると考えられます。

なお、創発とは対義語になる用語として、要素還元論という言葉があります。

要素還元論とは、全体(複雑な物事)を要素に分解して理解することで、各要素の性質を分析し、それら要素の性質の足し合わせで、全体の性質を再構成することで全体を理解しようとします。

創発は多体問題に関係する用語ですが、要素還元論は二体問題に関係する用語であると考えられるようです。

つまり、要素還元論は、要素間に相互作用があるものの、その相互作用は人間にとって都合良く処理できる範囲内のものであるという仮定に基づいているのだと思います。

時間の不可逆性

また、多体問題は「時間の不可逆性」にも関係しているようです。

つまり、時間が過去、現在、未来と流れているように感じるのは、3つ以上の物体が相互作用することが本質的な原因であり、エントロピーの増大のような統計的な「起こり難(にく)さ」が本質的な原因ではないようです。(詳しくはこちらの記事をご覧下さい。)

ここで、エントロピーの増大とは、秩序立った状態から無秩序な状態になることです。

例えば、熱いコーヒー(秩序立った状態)は次第に冷めて行きますが、冷めたコーヒー(無秩序な状態)が自然に熱くなること(秩序立った状態になること)はありません。

おまけの哲学

最後に、三体問題について哲学してみたいと思います。

ここからは科学的な話という訳ではありませんので、ご了承頂ければ幸いです。

三体問題が解けないとはどういう事か

まず、「広い意味で三体問題が解けない」と言うのは、一種の原理でしょうか。

又は、人間の認知機能の限界でしょうか。

もし原理ならば、この先、多体問題の数値的な解決法がいくら研究されようとも、人間は十分な成果を得られないことになります。

また、確かに、人間は「互いに相互作用している多数の物体」を同時に細かく認識することはできないと思います。

つまり、認識する際に、何らかの「近似のようなもの」が必ず含まれてしまう様な気がします。

例えば、それら物体の全体的な動きを認識しようとすれば、各部分の動きは「ぼやけてしまう」ことになると思います(平均化されてしまうなど)。

逆に、ある部分に注目すると、全体が「ぼやけてしまう」ことになると思います。

つまり、それら物体の認識には、「ぼやけてしまう」部分、つまり不確定性が含まれていると思います。

一方で、自分と他者の二体問題ならば、人間は他者の動きをかなり正確に認識できると思います。

つまり、二体問題では、部分と全体は一致しています。

このように考えると、「広い意味で三体問題が解けない」と言うのは、人間の認知機能に関係している可能性があるような気がします。

二体問題が解けなかったらどうなるか

それでは、もし二体問題が解けなかったとしたら、どうなるでしょうか。

まず、ニュートン力学が誕生したかったのではないでしょうか。

つまりは、物理学が現在のように発展することはなったと思います。

そもそも、他者(自分以外の物)の動きを十分正確に予測・認識することができないので、人間が自然界で生き残り、これほどまでに繁栄することもなかったかもしれません。

多体問題が解けていたらどうなっているか

それでは、もし三体問題が解けていたら、どうなっているでしょうか。

私の解釈では、「三体問題が解ける」と言うのは、自分以外の2つの物体の運動を十分正確に予測・認識できると言うことになります。

よって、例えば、サッカーを2つのボールでやっても十分に楽しめるようになっていると思います。

数学の発達は、人間の認知機能に関係しているようなので、恐らく、数学は現在のものとは違うものになっている可能性があります。

結果として、又は同時に、物理学も現在のものとは少し違うものになっている可能性があります。

それでは、さらに、多体問題が解けていたら、どうなっているでしょうか。

相互作用に関係する全ての問題が解明できるようになっていると思います。

そうすると、「宇宙の成立ち」から「原始生命の誕生過程」まであらゆるシミュレーションが可能になるので、病気の治療法も劇的に進歩し、若返りや不死も可能になるかもしれません。

さらに、身体を人工的に進化させることも可能かもしれません。

例えば、宇宙空間でも生きられる人間が出て来るかもしれません。

さらに、相乗効果的に様々な分野で劇的な進歩が次々に起こり、人間に不可能なことを探す方が難しくなるかもしれません。

そうなると、今度は、人間が生きる意味が分からなくなって来るかもしれません。

その前に、大きな戦争が起きて、人口が激減しているかもしれませんが。

死ぬこともなく、全てのことが可能で、宇宙や生命の全てが解明されている世界。

そのように考えると、「多体問題が解けない」と言うのは、人間が神のような存在にならないための制限なのかもしれません。

ただ、現実的には、たとえ多体問題が解けたとしてもまだ解決できない科学上の難問があると思いますが。例えば、宇宙論におけるダークエネルギーやダークマターの解明などです。