今回は、私がアメリカでの研究留学を通じて学んだ「研究留学のメリットとデメリット」を紹介します。
研究留学とは
研究留学というのは、学生として大学や大学院に学位を取るために留学するのではなく、研究者として海外の研究機関(主に大学)に行き、研究活動をすることを指していることが多いと思います。
大学院の博士課程で1カ月~6カ月ほど研究留学する人もいますし、博士号を取得後に1年~5年ほど研究留学する人もいます。
博士号取得後に研究留学する場合、次の2つのケースがあります。
- 研究留学先から給与をもらう場合
- 日本の機関から給与をもらう場合(海外学振など)
研究留学先から給与をもらう場合、学生気分で研究留学すると痛い目に合う場合もあるので要注意です。つまり、給与をもらっているので、それ相当の仕事・研究をしないと直ぐに帰国させられることも研究留学ではあります。
一方、日本の機関から給与をもらう場合は、留学先の研究室でお客様扱いされ、あまり成果が出ないこともあるようです。
私の研究留学の経緯
私の研究分野では、ポスドクの時に研究留学した人としなかった人の割合は4:6ぐらいだと思います。研究留学にメリットを感じない若手研究者は多いです。
確かに、私も研究留学する前は留学に積極的ではありませんでした。日本国内にも世界をリードする研究室が幾つもあったからだと思います。
私の場合、日本の大学でポスドクの任期が切れることが、研究留学のきっかけでした。
日本国内には「これまでの私の研究にマッチする研究室」がなかったため、仕方なくアメリカで「行きたい研究室」を探しました。
私の分野で最先端の研究をしている研究室を見つけ、メールで問い合わせてみました。
幸運なことに問い合わせ先の教授もポスドクを探していたとのことで、すんなりと留学先が決まりました。
一般に留学先を決める場合、次の2つのケースがあります。
- 私のように自分で留学先を探す場合
- 指導教員などに紹介してもらう場合
紹介してもらう方が色々と事前情報があるので安心感があり、想定通りの研究留学になることが多いと思います。一方、自分で探した場合は、事前情報が少ないことが多く想定外のことが起こることもあり、臨機応変に対応する必要があると思います。
いずれにしても、研究留学は「学ぶべきこと」を学べば終わりという訳ではないこともあり、自分の研究を続けるための大切な手段の1つであると思います。
研究留学のメリット
アメリカのテキサス州に研究留学してみて私が感じたメリットは次のようになります。
- 日本よりアメリカの方が研究に専念できる
- 日本よりアメリカの方が研究環境が良い
- 日本よりアメリカの方が研究成果が国際的に評価され易い
- 日本とアメリカの両方で大学教員のポストに応募できる
- 日本よりアメリカの方が「広い」ことが多い(住居、研究室、スーパーなど)
- 日本よりアメリカの方が研究予算が多い
- 日本の良い面と悪い面がわかる
- 英語が上達する
- 異文化に日々触れることで考え方が柔軟になる
それでは、上記のメリットを順番に説明して行きたいと思います。
1)日本よりアメリカの方が研究に専念できる
私の留学先では、学生と教授の二人で研究を進めていることが多く、ポスドクの私が学生の面倒をみることはありませんでした。日本では、学生の面倒や計算機の管理を頼まれることが多いと思います。
ただ、メンバーとの雑談の時などに、可能ならさりげなく研究のアドバスをしてあげると喜ばれると思います。余談ですが、アメリカ人の学生には、日本人以上に礼儀正しく真面目で心の広い人もいます。
2)日本よりアメリカの方が研究環境が良い
研究をしていると、人によっては一人になりたい時があると思います。留学先がテキサス州ということもあったと思いますが、大学内に一人になれる場所が多かったと思います。日本の大学と違い、人口密度が高くはなかったと思います。
また、アメリカの大学では大学の周辺が高級住宅街であることが少なくなく、治安が良い場合もあると思います。留学先の都市がネットには治安の悪い都市として紹介されていることもあると思いますが、実際には大学周辺だけ見ればそれほど悪い訳でもない場合もあると思います。
3)日本よりアメリカの方が研究成果が国際的に評価され易い
歴史的経緯の影響が大きいと思いますが、やはり科学は欧米が本場なので、欧米で出た論文の方が評価され易いと私は思います。もちろん、研究室のボスの知名度によるところも大きいと思います。
4)日本とアメリカの両方で大学教員のポストに応募できる
現状の日本の大学の状況を考えると、アメリカで研究を続けた方がハッピーな気がします。
私の分野では、優秀な方はアメリカ人ではなくてもアメリカで教員のポストを得ています。むしろアメリカ出身の方が教員のポストに就いている方が珍しいかもしれません。
5)日本よりアメリカの方が「広い」ことが多い(住居、研究室、スーパーなど)
「狭い」よりは「広い」方が私は好きなので、留学先がテキサス州で良かったと思います。「広い」と言うのは精神的ゆとりに繋がると私は考えています。
ただ、東海岸や西海岸側の地価の高い地域に留学する場合は、あまり「広さ」は感じないかもしれません。
なお、私の場合、宅配物が届かなかったり、IT業者の人に長時間待たされたり、修理業者の人に依頼をすっぽかされたりすることはなかったです。日本と同じ感覚で各種サービスを受けることができたと思います。テキサス州ではテキサス州を愛している人が多いと聞きました。確かに、他の州に比べて、きちんとしている人が多いのかもしれません。
6)日本よりアメリカの方が研究予算が多い
私の分野では、日本よりアメリカの方が優れた研究室の数が多いです。さらに、アメリカの方が似たテーマを研究している研究室の数も多いです。つまり、数の観点からアメリカの方が成功する確率が高いと言えます。
研究費は多くはなく研究以外の仕事は多い日本の研究者が、研究費のあるアメリカや中国の研究者と戦っていくにはどうすれば良いのでしょうか。
7)日本の良い面と悪い面がわかる
日本よりアメリカ(テキサス州)の方が、伸び伸び働いている人または感じ良く働いている人が多いように感じました。例えば、スーパーのレジの店員さんは飲み物を飲みながらレジ打ちしていることもあります。また、大学の事務職員の方は、日本と違い、独立性の高い有り余るスペースの中で仕事をしています。また、特に銀行員の人は親切で感じの良い人が多かったと思います。
また、日本の働き方には、義理や集団の規律を重んじるばかり、無駄や非効率なところがあると強く感じるようになりました。例えば、アメリカの教授は、理系で学生が所属する研究室をもっていても、授業の日以外は大学に来ない人もいます。
アメリカで面白いと感じたことは、個人主義的なところがあるもののチームワークはしっかりしていることです。つまり、普段は個人個人で好き勝手にやっているのですが、いざシンポジウムを開くとなるとみんなで協力してシンポジウムをやり遂げてしまうところがあります。
アメリカの大学生と比べると日本の大学生は本当によく群れていると思います。アメリカの大学生が群れて歩いているのを私は留学中に見たことがありませんでした。車社会のせいでしょうか。
一方、スーパーのケーキやイチゴは日本の方が美味しいと思いました。
個人的で感覚的な話になりますが、アメリカ人と日本人では「リズム」が違う感じがしました。つまり、大型な人が多いアメリカ人と大型な人が少ない日本人では、人から出る波動のリズムが違うと思いました。やはりテキサス州のアメリカ人と比べると私たち日本人は独特な「リズム」を出している気がします。
8)英語が上達する
留学前は論文を投稿する前に専門業者に英文校正を依頼していましたが、留学後は英文校正に出さなくなりました。
ただ、理論系の研究では一人で作業することが多いので、あまり英会話は上達しないかもしれません。日常生活でも長い英会話が必要となることはほとんどないかもしれません。スーパーでレジの店員さんに少し話かけられるぐらいです。
もちろん、自分から積極的に会話すれば上達すると思います。また、ホームパーティや音楽イベントなどに誘われることも多いと思います。
9)異文化に日々触れることで考え方が柔軟になる
私の場合、日本との違いがとても面白く、日々の生活から多くの刺激を受けることができました。例えば、
- 鳥のエチゾチックな鳴き声(海外に居ることを感じさせる)
- 車社会(歩道を歩いている人がほぼいない. 特に夏は)
- 夏の湿度(日本よりカラっしている. 何でも直ぐに乾く)
- 晴れの日の数(夏は1カ月や2カ月雨が降らないこともある)
- 雨の降る時間帯(雨の降る時間帯がほぼ決まっている)
- アメリカの紅葉(意外と綺麗)
- 冬の気温(日本より暖かいので過ごし易い)
- 日の出や日の入りの時間(夜9時頃まで明るいこともある)
- 建物や家の造り(日本よりもどっしりしかっかりしている感じがする)
- 家のプール(個人宅やアパートにプールが付いている. 利用可)
- スーパー、食べ物(色々と試してみると面白い)
- 植物、スプリンクラー(スプリンクラーが当たり前のように付いていて贅沢)
- 野生のリス(リスも伸び伸びしている. 車に轢かれていることも)
- 個人宅におけるハロウィンやクリスマスの屋外の飾付け(わくわく)
などなどです。
また、日本では花粉症がありますが、テキサス州では花粉症がないと思います。
留学開始直後は日本での研究に未練があったのですが、色々と刺激を受けたりアメリカでの研究を始める内に、日本での研究は忘れアメリカでの研究に没頭していました。
研究留学のデメリット
アメリカのテキサス州に研究留学してみて私が感じたデメリットは次のようになります。
- 英語がある程度堪能である必要がある
- 留学の準備が面倒(時間がとられる)
- 日本食が食べたくなる
- 運転免許証が必要になる?
- ハードワークを要求される(研究能力が低いとすぐにクビになる)
- 日本よりも研究にスピードが要求される
それでは、上記のデメリットを順番に説明して行きたいと思います。
1)英語がある程度堪能である必要がある
私は英語が苦手ですが、幸いにして英語ではあまり困ることはありませんでした。留学先の教授が英語が苦手な学生やポスドクに理解がある方だったのが良かったのだと思います。
英語の代わりにスポーツを通じて研究室のメンバーとコミュニケーションできたのも幸運だったと思います。
なお、研究室のメンバーには色々とお世話になることが多いと思うので、英語が苦手な方は色々な表現法で感謝の気持ちを伝えると良いと思います。例えば、食事をご馳走したり、プレゼントをあげたり、融通を利かせたり、相手のためになることをやってあげたりすると良いと思います。
たいていは研究室のメンバーが生活の立ち上げなどを手伝ってくれると思いますが、運悪くそういう人がいない場合は、現地の日本人による「お手伝いサービス」をネットから依頼するのが良いかもしれません(有料)。例えば、運転してくれたり、通訳してくれたり、観光案内してくれたりします。
2)留学の準備が面倒(時間がとられる)
就労ビザを取ったり、アパートを借りたり、銀行口座を開設したり、家具を組み立てたりと、アメリカで研究を開始するまでには面倒なことがたくさんあります。
私の場合、単身だったのでましかもしれませんが、お子さんがいる場合は小学校の入学手続きなどもありさらに大変だと思います。
また、アメリカの医療保険は留学者にとっても色々と厄介です。
ちなみに、私の借りたアパートでは電気代と水道代が家賃に含めて請求されるタイプだったので支払いが楽でした。日本に比べ電気代は安かったと記憶しています。私のアパートではガスは使わないのでガス代はかかりませんでした。アパートで研究することも考慮してキッチン、バス・トイレ、および3つの部屋からなる大きい部屋を借りました。家賃は11万円ほどでしたが、日本と違いかなり広い部屋でした。冷蔵庫、洗濯機、衣類乾燥機、エアコンは部屋に付いていました。なお、3つの部屋の床が白いジュータンですごく感じが良かったです。
3)日本食が食べたくなる
私の場合、自炊ができないため、食事には苦労しました。スーパーには「寿司」が売っているのですが、お米があまり美味しくなかったです。結局、
- 朝は冷凍食品のハンバーガーかアメリカンドッグを
- 昼はコンビニのホットドッグかマカロニのお弁当を
- 夜はスーパーのアメリカンなお弁当かカップラーメンかカップうどん
を食べていました。
美味しいカップうどん(生麵)が売っていたのはラッキーでした。手頃な価格でスイカが売っていたのも良かったです。
日本食のレストランが近所にあったのですが、本格的なものではなく、頻繁には行きませんでした。後々になって知ったのですが、実は美味しい食べ物屋が近所にあったようです。
4)運転免許証が必要になる?
私の場合、幸運なことに運転免許証が必ずしも必要ではなかったと思います。徒歩圏内に留学先の大学を含め何でもありました。
どうしても車が必要な時(大型家具を買いに行く時や社会保障番号を申請に行く時)は、研究室のメンバーにお願いしました。
5)ハードワークを要求される(研究能力が低いとすぐにクビになる)
研究室のボスの方針によるのかもしれませんが、留学先から給与をもらう場合はハードワーク(長時間労働など)を要求されることが多いのではないかと思います。ただ、そのぶん成果が出るのでボスにとっても留学者にとっても良いことなのかもしれません。
また、着任直後にやや難しい課題を与えられ、研究能力を試されたり、気を引き締められたりすることもあります。その試練に応えられない場合は解雇されることもあります。
ただ、ボスからの信頼を勝ち取ることができれば、給与を上げてもらったり、待遇を良くしてもらったりすることもできると思います。アメリカの場合、本人の能力によってそれなりの対応をされることが多いと思います。能力主義的です。
6)日本よりも研究にスピードが要求される
私の留学先のボスは「せっかち」でした。常にプレッシャーをかけて来ます。
また、論文を書くスピードを速めるためか、ある程度成果が出ると、論文を書く算段や準備に入ります。分業制を取り入れていて「この章はあなたが書いて、こっちの章は私が書くから」とよく言われました。
日本ではポスドクが論文を全部書いてから、ボスがそれを修正する流れでした。
研究費を持続的に確保するには、アメリカでも論文数というのは重要なようです。