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なぜ基礎研究は重要なのか?

今回は「なぜ基礎研究が重要なのか」を私なりに説明してみたいと思います。

基礎研究とは

そもそも「基礎研究とは何か」をまず説明する必要があると思います。しかしながら、一般的な意味で「基礎研究」という言葉を定義するのは中々難しいことに気が付きました。

つまり、何を基礎研究と考えるかは、研究者個人や研究分野によるところが大きいと考えられます。

そこで、私の研究分野で「基礎研究」を説明したいと思います。私の分野は量子論や統計力学の物質科学への応用であるため、基礎研究と言えども明確な目的や使命を持っています。

つまり、基礎研究には次の2種類があると思います。

  • 応用ありきの基礎研究
  • 応用が未定の基礎研究

この分類に従うと、私の分野の基礎研究は「応用ありきの基礎研究」であると言うことになります。

よって、私の分野では量子論や統計力学の根源的問題を直接的に研究することはありません。

さて、それでは、私の分野での基礎研究とは何かと言えば、それはより効率的でより正確な計算法の開発やそのための理論の構築であると言えると思います。

また、私の分野での応用研究とは何かと言えば、それは基礎研究で開発された計算法を使った研究であると言えると思います。

ゆえに、私の分野での研究の階層構造を図示するならば、次のようになると思います:

さらに、計算法や理論にも階層があり、「根源的なもの」から「現実の実験の条件に近い計算ができるもの」まで様々なものが提案されています。

基礎研究が重要な理由

「応用ありきの基礎研究」の重要性

上記の逆三角形型の階層構造からも分かるように、応用研究は基礎研究の上に構築されています。つまり、基礎研究は応用研究に強い影響を与えます。

実際に、基礎研究で大きな変化があれば、応用研究も大きく変わる可能性が高いです。

応用研究が十分にうまく行っていれば、もはや基礎研究は必要ないのかもしれません。しかし、私の分野では、まだまだ応用研究が十分に機能していません。ゆえに、今でも基礎研究に期待がかけられています。

「応用が未定の基礎研究」の重要性

私の分野の基礎研究は「応用ありきの基礎研究」でしたが、「応用が未定の基礎研究」の重要性はどのように説明されるのでしょうか。

そもそも応用が未定にも拘らず研究されていると言うことは、その研究はそれだけで学術的価値や研究者を魅了する力を持っているのだと思います。

学術的価値や研究者を魅了する力を持っている研究というのは、それだけ学術の理論体系や自然現象の本質に迫っている可能性が高いです。

本質が理解・解明できていれば、その研究で得られた成果や知識が将来的に何かに利用・応用される可能性は十分に高いと考えられます。

基礎研究の魅力

私も最初から基礎研究の重要性を理解していた訳ではありませんでした。しかしながら、研究を続ける中で次のことに気が付きました。

基礎研究はオセロのようなもので、最も基礎的・本質的な個所を押さえた方が最終的に全部自分の色に変えられる。

かなり比喩的な表現ですが、そこそこ本質を突いていると思っています。実際に、私の分野では、毎年多くの計算法が提案・開発され論文や学会で発表されいていますが、生き残る計算法は非常に少ないです。

生き残っている計算法には、数学的な美しさがあったり、シンプルなところがあったりします。計算法と言えども、ある種の本質を突いていないと駄目なのだと思います。(つまり、力ずくでの計算法は、私の分野では、あまり良くないことが多いです。)

また、研究にはライバルとの競争が付きまとっていることがあり、「最終的に全部自分の色に変えられる」と嬉しいものだと思います。

国家の威信をかけて、基礎研究に注力している国も少なくありませんが、はやりその理由は「最終的に全部自分の色に変えられる」(つまり覇権を握ること)が関係しているように感じられます。

基礎研究に向いている人

私の分野では、「基礎研究に向いているのか」又は「応用研究に向いているのか」の判断基準は、比較的明確で、数学やプログラミングの好き嫌いだと思います。

  • 数学やプログラミングが好きな方は、基礎研究に向いています.
  • 数学やプログラミングが嫌いな方は、応用研究に向いています.

ただ、応用研究でも統計学の知識やデータ分析の知識は要求されることが多いと思います。

私の分野でも細分化が進み、現在では基礎研究のみをやる方もいれば、応用研究のみをやる方もいます。

ちなみに、私は数学が好きなので、基礎研究にしか興味がありません。

なお、私の分野では、民間企業の方は応用研究をした経験のある人を採用したがるので、基礎研究しか経験のない人は道を踏み外すと大変です。

基礎研究で大切なこと

基礎研究で大切なことは、やはり自分の研究をすることだと思います。つまり、自分が興味のあることを自分が納得するまで研究することが大切だと思います。

私は、運良く、博士号取得後すぐに自分の研究をする機会が与えられました。これが良かったと思います。

博士課程の学生の時は、教授から与えられた研究テーマをやっていたのですが、結局、最後まで自分で納得できる研究ができないまま、博士課程修了となりました。

なお、私の分野では博士号取得は比較的容易です。何年も取得できないことはあまりないと思います。

私の場合、与えられた研究テーマをやるよりも自分の興味のままに自分の研究をする方が、はるかに面白かったです。

さらに、徐々に自分でも納得できる研究ができるようになって行きました。

一方で、若手研究者が自分の好きな研究をいつまでも続けられる訳もなく、研究室のボスとは度々衝突しました。

しかし、研究現場をやや遠のいたボスよりも、若手研究者の直観や判断の方が正しいことが多いと思います。私は給与を大幅に下げることで自分の研究を続けましたが、振り返ってみると、やはり私の直観や判断は正しかったと思わざるを得ません。

ゆえに、これからの若手研究者の方には、自分の考えや直観を信じて、自分の研究を納得できるまで貫いて頂きたいです。

基礎研究の意義が何となく分かる映画

最後に、研究者以外の方にも、基礎研究の意義が何となく分かるようになる映画を紹介したいと思います。

その映画は『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』になります。

第二次世界大戦中、ドイツ軍は暗号機を使い、暗号でやり取りしていました。その暗号の解読に挑んだイギリス人数学者の話です。大筋は実話のようです。

この数学者が、基礎系研究者の立場や苦悩を、見事に伝えてくれていると私は思います。

ただ、暗号解読の研究なので「応用ありきの基礎研究」と言うことになると思います。

そして、この数学者こそがまさに基礎系研究者であると強く認識・仮定してこの映画を見て頂ければ、基礎研究の意義が研究者以外の方にも何となく伝わると思います。

基礎系研究者にとって、基礎研究の意義を理解してくれる人の存在もまた重要であることに気付かされます。