今回は、進化生物学の本を読んで、生物の「増えて遺伝する能力」について考えてみたいと思います。
増えて遺伝する能力
生物の「増えて遺伝する能力」については、市橋伯一(著)『増えるものたちの進化生物学』(筑摩書房, 2023)に分かり易く書かれています。
本記事は、この本を参考にしています。
その本によると、生物の本質は「増えて遺伝をすること」であるそうです。
そして、増え方の戦略として、次の2つの戦略があるそうです。
- 多産多死の戦略=「とにかく速く増える」戦略
- 少産少死の戦略=「ゆっくり増える代わりに出来るだけ死なない様にする」戦略
1)は、細菌などの単純な生物が採用している戦略であるそうです。
2)は、真核生物や多細胞生物などの複雑な生物が採用している戦略であるそうです。
この1つの本質(原理)と2つの戦略(定理)によって、生物の挙動(振る舞い)は、上手く説明(演繹)できてしまうことが多いそうです。
説明(演繹)の際に追加の「条件」(環境的条件・進化的成果など)を課すことがありますが、
例えば、「なぜ命が大切なのか」や「なぜ人は悩むのか」という哲学的な問いに対しても、進化生物学的な視点からその問いに答えることができるようになります。
そして、進化生物学では、
「○○の機能(仕組み)が生存と増殖に貢献している限り、○○は強化されることになる」
という論法をよく採ります。
例えば、次のような感じです:
他人と協力することが生存に有利になった。すると、協力することで生き延びた人間はますます協力的になって行く。
これをもう少し発展させると、もともと人間が持っている共感能力(相手の気持ちを察する力)は、他人との協力を可能にしたことで人間の生存に貢献し、強化されて来たものに違いない、という説明ができるようになります。
これは、以前の記事でご紹介した「システムの構造における自己強化型調整」と言われるものだと思います。
なお、私達の本能(死にたくない、長生きしたい、子孫を残したい)は、増えることに貢献するために強化されたものであるそうです。
ただ、人間は本能だけでなく、理性と言うものも進化させて来たそうです。
つまり、二項対立的に言うと、
- 身体的には、「増えて遺伝をすること」が最重要
- 意識的には、「興味・関心・意味・価値」が重要
と言うことになるのだと思います。
意識は身体と完全に分離しているものではありませんが、意識は意識で独自に進化して来たところもあるようです。
実際に、意識は、記憶力、認知能力、コミュニケーション能力、言語能力、学習能力などと共に進化して来たそうです。
身体の統制役でもある意識が、身体の欲求(本能)に反するものを生み出して来た理由やプロセスも気になるところです。
ちなみに、その本によると、この疑問に対して次のような説明がなされています:
もともと意識は身体的な欲求に沿うものだったが、人間社会において「生存に有利になるモノ」が変に強化され過ぎて、真逆の振る舞い(対立的な思考)さえも生み出すようになってしまった。
「増えて遺伝する能力」の起源
原理
繰り返しになりますが、その本によると、生物の本質は「増えて遺伝をすること」であるそうです。
それでは、「増えて遺伝する能力」はどこから来たのでしょうか。
この問いを考察するためには、生命の起源について考察する必要があると思います。
以前の記事(1・2・3・4)でも、度たび生命の起源についての仮説を述べて参りました。
ここではまず、生命誕生の原理となりそうな事柄をまとめたいと思います。
原理1:システムからシステムが生まれる
生命というシステムは、有機分子や高分子、ミセルが偶然に集まり、それらがたまたま化学反応を起こしたり自己組織化したりして、生命システムを形成した訳ではなく、
生命システムを形成する背景には、それを生み出すシステム(流れや循環)があったと考えます。
つまり、生命システムは、地球システム(=地球の物質やエネルギーの流れ・循環)から生まれたのではないかと言うことになります。
現在のところ、細胞(システム)を生み出せるのは、細胞(システム)だけであり、生命システムが偶然性や物理的な自発性だけで誕生したとは考えにくいようです。
よって、生命システムは、地球システムの流れ(対流運動?)を利用したことで生まれた可能性があることになります。
原理2:熱く混沌とした物が、徐々に冷えて行く過程で、システムが形成される
宇宙の始まりであるビックバンにおいては、超高密度で超高温状態から全てが始まりましたが、その後は宇宙自体の膨張を通じて冷えて行くことになります。
同様に、地球も生まれた時は熱くその後は冷え続けることになるそうです(以前の記事より)。
そうすると、最初の生命(生命の元)も生まれた時は熱かったのかもしれません。
実際に、最初の生命は、海底の熱水噴出孔で誕生したのではないかという説があります。
原理3:2つの相反する作用が新たな物(機能・目的・仕組み)を生み出す
例えば、電磁気力の引力と斥力(せきりょく)という2つの相反する作用は、引力のみの重力よりも複雑な自然現象を生み出すのだと思います。
生命(生命の元)の誕生においては、重力よりも電磁気力(電子の流れや化学反応)が重要な役割を果たしていたと思われます。
なお、人間が創造性を発揮する際にも、「拡散的思考」(直感的思考)と「収束的思考」(論理的思考)という相反する2つの思考の行ったり来たりの繰り返し(揺らぎ)が大切になるようです。
原理4:存続するシステムは「変化」や「交換」または「循環」を必要とする
この原理は、人間が形作り存続させている社会システム(社会制度や親族制度)の特徴に由来します(構造主義の記事より)。
なお、存続するシステムには、システムができた理由や起源を追究できないこともあり、取り敢えずは従うしかない、と言う特徴もあるようです。
確かに、この宇宙になぜ物理法則が存在するのかは、なかなか追究し切れないものだと思います。ゆえに、取り敢えずはそれに従うしかないのかもしれません。
原理5:「非平衡な開放系」では、内界と外界との間で物質やエネルギーの流れがあるため、内界において動的な秩序構造が生まれる
この原理により、生命現象は「熱力学の第二法則」に背いていないことになります。
熱力学の第二法則とは、自然現象は秩序立った状態から無秩序な状態に向かうと言うものです(エントロピー増大の法則とも言います)。
また、この原理は、自己組織化や創発の原理にもなっているようです。
創発とは、個々の構成要素の単純な足し合わせでは生じることのない機能が全体として現れることです。
例えば、脳において無数の神経細胞(ニューロン)から意識が生まれると言った現象が創発になります。
推論・仮説
以上の5つの原理を参考にして、生命が「増えて遺伝する能力」を得た理由について考えてみたいと思います。
「生命の元」となる物は、「分子で出来た袋」に大型の有機分子が偶然入ったような物なのかもしれません。
原始地球の熱水噴出孔付近では、このような有機分子入り「分子袋」が沢山できていたのかもしれません。
その「分子袋」達の中から次のような「流れをもつ袋」が出て来たのかもしれません:
外界から物質やエネルギーを取り入れて、袋内で化学反応を起こし袋内を秩序化させ、不要な物質や熱を外に出す、という「流れをもつ袋」です。(交通網が整備された袋)
そのような「流れをもつ袋」は「非平衡な開放系」になります。
つまり、このような出入りの流れがあるだけで、一応はシステムが出来たことになります。
ただ、この袋システムは、まだ増えることも、この袋システムを遺伝させることもできません。
ちなみに、竜巻や台風は、生命と同じく散逸構造(=流れを持ちながら全体の形を一定に保つ構造)を取ることが知られています。
ただ、竜巻や台風は、増えることも、自分の特徴や勢いを遺伝させることもできません。地球システムによって生み出されはしますが時間が経つと消えて行く存在です。
上述の袋システムも、生まれては消えていたのだと思います。
しかし、その内に、外界から分子を取り込んで、化学反応を起こし、その化学エネルギーを使って、袋の破損個所を自己修復できる袋システムがたまたま出て来たのかもしれません。
ただ、流れを保つために、不要な物質や熱は常に外に出す必要があります。
修復機能により、システムが消える去るまでの時間が少し伸びることになります(階層性の誕生です)。
そして、自己組織化により、自己修復の機能が発展して行った結果、システムの設計図をRNAという形で保存し、RNAから修復に必要な部品を作り出す仕組みが出来上がったのかもしれません。
このような仕組みができるようになるには、化学反応、電磁気力、自己組織化、環境的要因、自己強化型調整など、様々な要素が巧(たく)みに噛み合う必要があると思います。
自発的には極めて起こりにくい現象だと思います。
ただ、地球システムの循環性、つまり、熱くなったり、冷たくなったりと言う循環作用が、巧みに働いたのかもしれません。
いずれにしても、ここまで来ると、かなりの時間、システムを存続されることができるのかもしれません。
しかしながら、まだ「増えて遺伝する能力」を得た理由をきちんと説明することはできないような気がします。
システムの設計図をRNAという形で保存したので、「遺伝する能力」は得たのかもしれません。
つまり、「遺伝する能力」とは、自己修復の延長にあるものと言うことになりそうです。
ただ一方で、「増える能力」はなぜ生まれたのでしょうか。
これは、システムが大きくなった事と関係があるのかもしれません。
自己修復の能力は持っているので、外界から多くの分子を取り込めた時には、自分自身を大きくして行くことが出来たのかもしれません。
そして、大きくなり過ぎた袋は、内外からの何らかの圧力で、ちぎれてしまう事が起こったのかもしれません。
ちぎれてしまった袋システム同士が偶然再び合体したり、ちぎれた一部を利用したりしている内に、システムを分裂させる能力がたまたま身に付いて行ったのかもしれません。
つまり、大きくなり過ぎて、ちぎれてしまう前に、ある程度のサイズで自ら分裂するようになったのかもしれません。
従って、「増える能力」とは、システムの巨大化の延長にあるものと言うことになりそうです。
ただ、以上の現象は、ある程度同じ場所(熱水噴出孔付近?)に沢山の袋システムが常に発生していないと起こらない気がします。
偶然性はどこから来るのか
このように考えると、生命システムという物は、元々はシステムの存続のために生まれた訳ではないような気がします。
つまり、存続は結果であって、目的(機能・原因)ではないような気がします。
ただ、無数のシステムの中から、偶然にトラブルを回避したシステムが存続して来たと言うことはあると思います。
これは、マルチバース(多元宇宙)の考え方とも一致すると思います(我々の宇宙は無数に発生した宇宙の中の1つで、全ての物理定数が奇跡的に微調整された生命に最適な宇宙)。
ただ、ここで「偶然に」を少しだけ必然に変えてくれるものが、背景にある地球システムにおける物質やエネルギー(熱・光)の流れ・循環なのかもしれません。
また、基本的には、システムという物は、出たり入ったりの流れが止まると、自己組織化や自己強化型調整も止まり、時間と共に崩壊してしまうものだと思います(エントロピー増大の法則)。
熱力学によると、永久機関は作れないそうです。
一方で、地球システムにおける生命システムの機能とは、何でしょうか。
地球システムにおける物質やエネルギーの流れを助けることでしょうか、それとも妨げることでしょうか。
ちなみに、シアノバクテリア(酸素を作り出す細菌)の出現は、地球の大気の成分を大きく変えることに繋(つな)がったそうです(約27億年前)。
さらにそれとも、地球システムにおける物質やエネルギーの流れから生じる「形のない力」を「形」にすることでしょうか。
以前の記事によると、地球システムは、大気圏、水圏、地圏、生物圏の4つの要素から成り、これらの要素が複雑に相互作用することで、地球は動的な平衡状態を保っているそうです。
地球システム自体も一つの生命システムであると言うことかもしれません。
地球システム内での自己組織化の結果が、生物圏(ひいては人間圏)であると言うことになるのかもしれません。
ちなみに、「意味」や「価値」または「機能」と言うのは、絶対的なものではなく、文脈の中で決まるものであるようです。
一方で、地球システムも宇宙システムの中でどのような機能(役割)を果たしているのかよく分かっていないと思います。
地球システムは、ただ宇宙システムの物理法則に従って動いているだけでしょうか。
地球システムに意味・価値を与えるのが、人間と言うのも不思議な関係だと思います。