今回は「研究者がどのように勉強しているのか」について紹介します。
研究者はあまり勉強という認識はなく、研究と共に自然に関連知識を身につけて行きます。
研究テーマ決定後の基礎勉強
研究テーマが決まると、大学の研究者(大学院生、ポスドク、助教、准教授など)は、研究テーマに関する勉強を始めます。
例えば、量子コンピューターを使って、物質の性質を計算するために、新たな基礎的計算法を開発したいとします。
ここでは、量子コンピューターについて本当に何も知らないと仮定します。
すると、まずは、日本語の量子コンピューター関連の本を読んで行くことになると思います。
入門書的な本(数式が少ない本)から始め、徐々に専門的な本(数式の多い本)を読んで行くのが効率的かもしれません。
いくつかの量子コンピューター関連の書籍を読み終えると、量子コンピューターの仕組みや量子計算についてある程度イメージが掴めます。
量子計算を理解するためには、数式による理解も必要になるので、実際に数式を書き出して、一つ一つチェックしながら読み進めて行きます。
この基礎勉強には3カ月ぐらいかかるかもしれません。完璧に理解できれば、それに越したことはありませんが、完璧でなくても取り敢えずは大丈夫です。
先行論文や関連論文の調査
次に、先行研究の論文や関連する論文を「Web of Science」などの検索データベースを使い調査して行きます。
理論系の研究では、この論文の調査が非常に大切になります。
電子ジャーナルが充実している大学(旧帝大系などの国立大学)に所属していると、論文調査がはかどります。
しかし、電子ジャーナルが今一充実していない大学に所属してしまうと、読みたい論文が直ぐには読めないこともあります。
実際に、読みたい論文を図書館で取り寄せたり、その論文が置いてある大学まで直接行き、論文を自分でコピーしなければいけません。
この論文調査で、「これだ!」と思う論文が見つかると、その論文を丁寧に読んで行くことになります。
ただ、論文には極めて短くまとめられた数式しか載っていないことが多いので、要となる数式を自分で導出するために、さらに関連論文や英語の関連書籍を調査して行くことになります。
この作業があるので、理論系の場合、電子ジャーナルが充実している大学に所属していた方が有利だと思います。
なお、基礎的研究では、新しい論文よりも古い論文の方が役に立つことが多いです。なぜなら、新しい論文には、基礎的理論や数式の導出が詳しく書かれていないことが多いからです。
ただ、関連論文や英語の関連書籍にも、重要な数式の導出過程が丁寧に載っている訳ではなく、ヒントしか書いていないことが少なくないです。
結局のところ、自分で導出をあれこれ考えることになります。ただ、やはり、ヒントを使いながらも、自分で導出できると、とてもいい気分になります。
研究室での研究発表
大学の研究室では、1~2カ月に一度は、自分の研究経過を他のメンバーたちの前で発表することになっていることが多いと思います。
ポスドク以上になると、他のメンバーから「気の利いたこと」を言ってもらえなくなることもあるので、この研究経過の発表が面倒になって来るのですが、この研究経過の発表は、自分の理解を深めたり、自分の理解を整理するためにも非常に重要です。
実際に、
- 自分では理解しているつもりになっていても、実は理解していなかったり、
- 発表のためのパワーポイントを作っている内に、理解できてなかったことが理解できたり、
- 新しい視点やアイディアが思い付いたりします。
やはり、他の人の前で、自分の理解を話すというのは、「人間の勉強」には非常に有効なのだと思います。
また、発表を聞いた他のメンバーに色々と(素朴な)質問をされることでも、理解が深まったり、自分が見落としていた点に気付くことがあります。
研究では何をする
研究の作業に進む段階になると、勉強ではなく、研究になります。
例えば、研究では、
- 自分のアイディアに基づいて、自分で新たな数式を導出したり、
- その新たな数式に基づき、計算プログラムを作成したり、
- 作成した計算プログラムの妥当性をチェックしたり、バグ取りを行ったり、
- 自分の計算から得た値が、参照論文の値と一致しているかチェックしたり、
- 自分の計算から得た結果を表や図にまとめたり、
- 自分の計算から得た結果を他と比較したりして議論・考察します。
私の研究分野では、やはり第一ステップの「自分のアイディアに基づいて、自分で新たな数式を導出する」ところが最も重要で、そのためのヒントを得るために前述の論文調査をするところがあります。
余談:バグ取り
ちなみに、計算プログラムそのものを作成するよりも、計算プログラムのバグ(誤り)を取り除くことに時間が取られることが多いです。
最初は、論理的に考えて、バグを取り除いて行きます。
例えば、
- 何らかの対称性を利用したり(もし対称的になるべき計算結果が対称的になっていなければ、どこかに間違いがあります)
- わざと求めたい値がゼロになるように入力値などを設定したり(もしゼロにならなければ、どこかが間違っています)
して論理的にバグを見つけ出し修正します。
しかし、それでもバグが中々取り除けない場合があります。
そのような場合は、面倒ですが、Mathematicaなどで別個に計算プログラムを作り、両方のプログラムで得た値を逐次比較して、バグを取り除くことになります。
又は、論理的に考えることを止め、非論理的な思考や勘、経験、根性で、バグを取り除くことになります。
また、1カ月ほど試行錯誤してもバグが取れない場合は、バグではない可能性もあります。
例えば、
- ソフトウェアのコンパイルに関する不具合
- そもそもの数式における間違え
- 入力データや入力法に関する間違え
などのために妥当そうな値が出力されないこともあります。
学会発表や論文の作成
計算結果を整理し、一通り議論・考察も済むと、学会で発表したり、論文を作成したりします。
この段階でも特に勉強しているという意識はないのですが、学会発表や論文作成では、曖昧な知識や理解は許されないので、再び勉強し直し、正しい知識や理解を得るように努めます。
この学会発表や論文作成によって、勉強して得た知識はかなり定着することになります。
おわりに
このように、研究者は、あまり勉強という認識なく、研究と共に自然に関連知識を身につけて行きます。
論文の出版までが一応ゴールだとすると、論文作成までの1~2年の間、ずっとそのテーマに取り組むので、専門用語なども自然に覚えて行くことになります。
特に理論系の研究者は、意識して何かを暗記することはあまりないかもしれません。
ただ、研究者でも、研究しなくなれば、その研究テーマに関する知識や理解は徐々に忘れて行きます。